281215a joufukuji_desc
top1
kaiki 寺伝によれば不退庵元勝法印の開基と伝えられており、元々は天台宗寺院であったが、元亀元年(1570年)に初代住職が亡くなり、その後の住職 正定庵教勝法印が本願寺第10世である証如の時代に真宗大谷派へと改宗したと伝えられる。現在の住職で第15代となり、開創の正確な時代は不明だが凡そ600年以上の歴史を持っている。
hondo
hondou盛福寺本堂は、本願寺の大工として有名な伊藤平左衛門の作と伝えられており、正面の阿弥陀如来立像をご本尊とし、両脇に親鸞聖人・蓮如上人のご影像をお祀りした真宗大谷派寺院の特徴的な作りとなっている。ご本尊のご安置される内陣、そして外陣の天井は小組格天井となっており、非常に格式の高い様式となっている。特に、ご本尊のある中央の須弥壇の天井は更に一段天井を上げた形の二重折上小組格天井となっており、これは二条城書院の将軍の座る位置の天井と同じ非常に格式の高い様式となっている。更に、本堂の右脇陣の天井も二重折上小組格天井であり、外陣の天井も小組格天井である事から、このような格式高い天井を随所に使用した本堂は他では滅多に見られないといわれる。現在の本堂は、嘉永7年(1854年)の安政の大地震で倒壊、修復し、明治24年(1891年)に起きた濃尾地震の際に一部損傷を受け、その後再び修復された。幸いな事に大戦の戦火は免れ現在もその当時の姿を今に伝えている。また、山門は幾度の震災にも関わらず、倒れる事無く戦火も免れ、当時の姿のまま現存している。  

名古屋市中川区高畑3-29

お名前 (必須)

電話番号 (必須)

郵便番号 (必須)

住所 (必須)

メッセージ本文 (必須)